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もうこのまま突き進むしかない。

もうこのまま突き進むしかない
詩集「明日のまほろば」を出版した理由の一つに、僕の退職後の生き方の指針を指し示すことがあったわけだが、退職後一年たって、現実の厳しさにもうため息、くそーと叱咤ばかりだ。正直、どうしてこうもうまくいかないのか。楽しく仲良く希望を抱いて主体的に取り組みたいのにどうもうまくいかない。職人の道も、毎日の漆修行(確かに漆塗りは上達し、もう相当な段階に達しているとは思われるが)の道は更に遠く険しく、また、お店を中心とした生活は、どこにも出かけることがかなわず、毎日毎日が多忙で締め付けられる大変な日々であることが身に染みて分かってきた。反原発の運動も、九条の会の仕事も、「水脈」や詩の仕事も、人間関係の難しさは当然のこと、従来からある組織の中に後発組が入っていくような形になるので、信頼関係も薄く、邪魔者のような気分に陥りそうで、なかなか辛いものがある。町内の仕事も、入れば入るほど憂鬱なものが生じて来る。
このように、生き方の方向性は決まっているが、まあ予想はしてきたがどれもすべてが大変で、いざ現実の問題となって迫ってくると、体力の衰えを感じる中で押しつぶされそうになる。ほんとに娑婆は甘くない。そして時々、六十過ぎたのだからもっと気楽に、友のように好きに生きられたら、フエイスブックなどを見ていると、うらやましくなって元気がなくなる時もある。
でももう今更変えることはできない。僕は僕の道を生きていくしかできそうもない。妥協できそうもない。主体的に最期まで生きて行く、死ぬまで自分や社会に正直に求めていくしかない。叫んでいく、闘いながら死んでいくしかない。それが今まで僕が求めてきた生き方だから。楽しんで、好きなことをして人生を過ごしているだけでは僕にとっては生きている価値がない。六十歳を過ぎたこれからが最後の花なのに、人のために、社会のために、自利利他行で生きなかったら、長生きしている価値が自分にはない。未来を開拓しなくてはいけない若者や、子供や仕事に追われる年齢ではできないことを、この年になったらしなくてはいけない。そうしなければ、生きている価値、長生きしている価値が自分にはない。残っている命はどうせもうあと少しなのだから、この命、自分やみんなの本当の喜びのために使わなくては今まで詩の道を追求してきた意味がない。詩人として求めてきた価値がない。人生は、年齢相応に、体力相応にできることが必ずあるはずなのだから。もうこのまま辛かろうが苦しかろうが突き進むしかない。もう変えられない。
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